しめ飾りはどこで求めよう?
ここらでは締め飾りはどこで購入したらいいでしょうかぁ?
TAGOSは伝統あるたたずまいをみせる浜町河岸老舗の旦那に尋ねましたん。
ハァ〜イ、ここらとは日本橋浜町から浅草橋へ抜ける道すがら、江戸らしい響きを今に伝える「薬研堀(やげんぼり)不動尊」!
TAGOSは今年の街歩きの納めとして、ここ薬研堀不動尊周辺で開かれる12月27日〜29日「歳の市」にやってまいりましたぁ。
いやいや目黒、目白と並んで江戸の三大不動の一つに数えられていた薬研堀不動尊の歳の市が「納めの歳の市」でございます。
老舗の旦那が言いました。“しめ飾りは、今は2件のみ薬研堀不動尊の前に出ているから、ここで買い求めたらいいですよ。何せ、江戸時代に始まり、もともと戦前までは、正月のしめ飾り、門松、羽子板、祝儀物の露店で賑わいを見せた本場の市なんだから〜”
そのお答えを聞いて、我が家の玄関の締め飾り買い求めは薬研堀不動尊前の出店に決まりぃ!!
ところで薬研堀不動尊ってどこにあるのよ?
浅草の老舗「やげん掘」の唐辛子なら知っているけど!。
そういう御仁もいらっしゃると思います。今は馬喰町の繊維問屋街の近くといった方がわかりやすいかも。。。
最寄り駅は、都営浅草線東日本橋駅、都営新宿線馬喰横山駅、JR総武線快速馬喰町駅、JR総武線浅草橋駅から5分ぐらいです。
この「歳の市」は戦後はさびれていったのですねぇ。。。
んまぁ〜それもそのはず、ここは浜町河岸がより近い場所!
かつては茶屋、見世物小屋、料亭が数百メートルに渡り建ち並んでいたという江戸で最大の盛り場だったところ!!
両国の川開きは、ここの場所から花火が打ち上げられていたのですから、それはそれは華やかだったことでしょう。。。
だから両国橋西詰の広小路へつづく途中にある、薬研堀不動院には、多くの江戸庶民が参詣に訪れていたのでしょうねぇ。
戦争では浜町河岸は火の海、TAGOSの親族も待合いを営んでいた戦前の浜町河岸の様子だけは良く耳にしていました。。。
花火を上げるには危険ということで隅田川に移った1962年以降、ますます街もさびれそこで街を活性化させようと付近の問屋街が協賛したのが1965(昭和40)年に始まり今年でなんと47回目。
例年100軒ほどの露店が立ち並び、普段は一般消費者に小売りをしない問屋も多いはずが。。。
老舗旦那曰くは、小売りをしなかったことで、問屋が販売することが珍しかった時代もススーと去り、今は問屋も次々と新旧入れ替わっているそうな。。
小売するところがドドっと増えているし、世間では安価のファストファツションが溢れているからこの「歳の市」は、常に時代の流れを模索している市なんでしょうねぇ。
しか〜し、商店会の並々ならぬ努力で、こうして多くの人でにぎわっていますよぅ!。
んんんTAGOSは納めの歳を街歩きだけで終わらすのではありませんぞ!!
“みちのく復興市”と称し、この薬研堀不動尊の「納めの歳の市」に参加!福島県、宮城県の物産販売支援に立ちました!
日本橋地域から東北地方を応援しよう!キャチフレーズのもと、多くのお客様に精一杯心を込めて、喜多方、気仙沼の方々とご一緒に。。。
そうそう、今年の夏!薬研堀不動尊から程近い浜町河岸で貴重な体験をしたことを思い出しました。
江戸時代の賑わいのある両国広小路の再生を願い、隅田川沿いの浜町河岸に50年ぶりに納涼桟敷『両国広小路桟敷』が短期間設置されたのです。
TAGOSはラッキーにも、両国広小路桟敷に座る機会に恵まれましたぁ!!。
うちわで扇ぎながら隅田川をゆったり渡る納涼船をみつめ夕涼み。。。
江戸時代!料亭が競って設けた桟敷から両国に打ちあがる花火はどのように見えたんだろう!?
今はスカイツリーを正面に見ながらも、隅田川をのぞみながら、江戸時代へと思いをはせることが出来ました。。。
さぁてさて、30日、お寺に今年のお札を納め、薬研堀のしめ飾りを玄関に飾り、ようやく心落ち着いた納めの日となりました!
地球人の皆々様!!
今年も大変お世話になりました。来年も何卒よろしくお願いいたします!
☆Johnny's Got A Boom Boom
http://youtu.be/_cKPwAEz7_8☆VIDEO GAMES
http://youtu.be/HO1OV5B_JDw☆ミッチー音頭
http://youtu.be/y8dDcG2zJjw